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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)10281号 判決 1964年5月15日

原告 桑原亀重

被告 林政市 外一名

主文

被告等は原告に対し連帯して金二九七万円及びこれに対する昭和三一年一二月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

一、当事者双方の求める判決

(一)  原告「被告等は連帯して金五〇〇万円及びこれに対する昭和三一年一二月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言

(二)  被告「請求棄却」の判決

二、請求の原因

(一)  原告と訴外深谷安蔵はキング交通株式会社の株主であり、かつ監査役兼従業員であつたが、昭和三一年一一月下旬頃当時同会社の役員であつた被告等の策謀により同会社の経営権はイースタン・モータース株式会社の首脳部藤本威宏外四名の手中に帰し、原告と深谷はその監査役たる地位も従業員たる地位をも失うに至つた。

(二)  被告等はかねてよりキング交通の株式全部を右イースタン・モータースの首脳部に譲渡する約束をしていたので、原告及び深谷の株券を自己の手中に移すため、種々画策していたが、左記のような方法で原告所有のキング交通株式会社の株式二五〇〇株分の株券を奪取した。

(三)  すなわち、昭和三一年一一月二九日原告は残務整理のためキング交通に行つたところ、被告等は原告と深谷とに対し株券を被告等に譲渡するよう申し向けた。これに対し、原告と深谷がその申出を拒絶したところ、被告等は様々な言辞をもつて原告等を脅かし、原告と深谷に対しそれぞれの自宅まで株券を取りにゆくことを強制した。原告と深谷は生命の危険すら感ぜられる中で、被告両名によつて自動車に強制的に押し込まれて同日午後一〇時頃東京を出発し、まず、栃木県葛生町の深谷の自宅に行つて同人の株券二五〇〇株分を奪い、ついで直ちに東京に引きかえして翌一一月三〇日早暁原告の肩書地所在の原告宅で原告所有の株式二五〇〇株分の株券を奪つたものである。しこうして、被告等は原告の右株券をイースタン・モータースに売却し、名義書替の手続をした。

(四)  よつて、原告は不法行為を理由として被告等に対し、株券の当時の時価である一株二〇〇〇円の割合による損害金合計五〇〇万円とこれに対する不法行為の日の翌日である昭和三一年一二月一日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、答弁

(一)  請求原因(一)の事実中「被告等の策謀により」とある部分を否認し、その余の部分は認める。

(二)  請求原因(二)の事実は否認する。

(三)  請求原因(三)の事実については、

原告主張の日時頃、その主張の場所に被告両名が原告及び深谷と自動車で赴いたこと、並びに株券の売却、名義書換の事実を認めるが、その余の事実は争う。

(四)  請求原因(四)については株の時価を否認する。

(五)  (被告等主張の要旨)

被告等は原告及び深谷より小海老沢昌雨を介し、それぞれその所有持株の売却方を依頼され、原告主張の日時場所で深谷及び原告より各二四七五(株原告と深谷の全持株は各自二四七五株であり、二五〇〇株ではない。)の株券の交付をうけ、これをまもなく代金一五〇万円でイースタン・モータースに売却し、深谷に対しては昭和三一年一二月五日に七五万円の代金の支払を了し、原告に対しては、同年一二月六日右売却の経過を説明するため、合わせて原告、深谷及び被告両名、その他キング交通の株主(但し水島父子を除く)をもつて組織する株主会に対する原告の借入金債務一、〇六九、六三五円の精算のため、原告方を訪れたが不在であつた。なお、原告は本件の株券を被告等に売却委託するに当り、その売却代金は、原告の右借入金債務に充当して貰いたいと依頼したので被告等において売却代金中原告の取分である七五万円を右債務に充当した結果、原告はなお、前記株主会に対して残債務を負担する次第で、株券の売却代金についても原告と被告等においては決済ずみである。

四、証拠<省略>

理由

一、甲第三号証(水島孝一の証言によりその成立を認める)、同第五号証(原告本人の供述によりその成立を認める)及び同第六号証(深谷安蔵の証言によりその成立を認める)並びに証人桑原ユキノ、同水島孝一、同深谷安蔵、同水島朋司の各証言及び原告本人の供述(第一、二回)、弁論の全趣旨を綜合すると、次のような経緯を認めることができる。

(一)  原告・深谷安蔵・被告両名等はそれぞれ自己所有のタクシーを出資してタクシー業を営む資本金二〇〇〇万円、発行済株式数二万株のキング交通という株式会社を組織し、被告両名は取締役(被告大倉は社長)原告と深谷は監査役という地位にあつたこと、また同会社の株主とその株式数は従来左記のようになつていたこと

被告 林  四〇〇〇株

被告 大倉 四〇〇〇株

水島孝一(同人の子水島朋司の分も含む)

四〇〇〇株

曽根善六  四〇〇〇株

原告    二〇〇〇株

深谷安蔵  二〇〇〇株

(二)  その後前記曽根善六が、その保有株式の処分方を右会社に一任して会社から離脱し、その後昭和三一年七月頃、曽根の保有する右四〇〇〇株は曽根以外の残余の株主の間で、その持株数に按分して分けることとなつたが、その際分配を受けた各株主から分配額に按分比例して合計二〇〇株を醵出し、これを従業員木村利信に功労株として贈与するという案が被告等から出され、これに対して反対意見もあつたのであるが、会社の実権者である被告等はとにかく、曽根に二〇〇株を贈与するという議案は通過したものとして(その贈与ないし処分の有効性の判断は本件では必ずしも必要ではないのでこれを行わない)処理し、その結果、各株主の株式数は左のとおり変更されていたものであること。

被告 林  四九五〇株

被告 大倉 四九五〇株

水島孝一(朋司の分を含む)

四九五〇株

原告    二四七五株

深谷安蔵  二四七五株

木村利信   二〇〇株

しこうして、その後原告は会社から右二四七五株の株券の交付をうけて、これを肩書自宅に保管していたこと(従つて、原告が自宅に保管していたキング交通の株券は二五〇〇株ではなく二四七五株分であると認める。)

(三)  被告両名はかねてキング交通をイースタンモータースに身売りすることを考え、その方法として、まづキング交通の役員にイースタンモータースの首脳部を選任しようとしたこと。かくして昭和三一年一一月二七日臨時株主総会を開き、全役員辞任の後、新役員としてキング交通の首脳部五名を推し、出席株式数の半数に近い水島、深谷、原告の三名の反対もあつたが、とにかくその場は被告等の議案が通過したものとして処理せられ、被告等の計画は一応奏功したこと。

(四)  しかしながら、右臨時総会当日被告側についた前記木村利信の二〇〇株の委任状の適法性について反対派の水島等から問題とされたことからしても、前記役員選任決議の効力が争われる可能性があり、またかりに木村に対する二〇〇株の贈与が有効だとしても会社身売に反対した株主数は総株式二万株中の九九〇〇株という多数で、その株主は水島父子(孝一、朋司)が中心となり、原告と深谷とがこれに組してますます結束を固め、闘争意思を明らかにしている有様で、これら反対株主の存在は将来新役員による会社運営に大きな障碍となるものと予想せられる実情にあつたこと(現に水島孝一は前記役員選任決議の後間もなく決議無効を本案訴訟として、新役員の職務執行停止の仮処分を申請した)。かくして、会社身売の当面の責任者として被告両名は反対派切り崩しの手段としてまづ原告と深谷の株式を入手せねばならぬと考えるに至つたこと。

(五)  前記臨時総会の翌々日たる昭和三一年一月二九日、監査役の地位も従業員の地位も失つた深谷と原告が将来のことを思案するため品川区大井南浜川町のガソリンスタンド「あかつき」の経営者小海老沢方を訪れ、そこで話をしていたのであるが、被告等はこれを知つて同人方に赴いたこと、そして被告等は、初め原告や深谷の株は無価値になつたから売つてやるというように株式売却の得策であることを説いたが、同人等はその株は水島に処分を一任してあるから、これに応じられないと拒絶するや、被告等はその後七、八時間に亘り執ように、暴力団を雇つてあるとか、逃げてもすぐ分るとか、本社株主会に対する支払債務のため自宅や親戚の財産を差押えるとか言つておどかしたうえ、株券の所在場所を言わせ、同日午後一〇時頃、恐怖にかられかつは根負けして絶望的になつた原告と深谷を自動車に乗せて右「あかつき」より出発し、先づ、深谷の株券を入手するため栃木県に向い、翌三十日午前二時頃同県葛生町所在の深谷の知人宅に到着して深谷から株券を受取り、ついで深谷を同所に下車させ、そのまま、東京に引きかえし、同日午前五、六時過頃原告の肩書自宅付近で車を停め原告を車の脇におき、被告両名が原告宅の玄関で、事情を知らない原告の妻より原告所有の前記二四七五株分の株券を受領したこと。

(六)  その後被告両名は深谷と原告から奪取した株券をキング交通の新役員に売却し売却代の精算残金として深谷に五十万円を与えたが、原告との間ではなんらの現金その他の物の授受のないこと。

二、被告等は原告と深谷よりその持株の売却方を懇請委託されて乙第五号証の通り四九五〇株を一五〇万円で売却したものであり、深谷に対しては、精算ずみであるが、原告に対しては本社株主会の原告に対する債権一〇六万余円があるから、売却代金中原告の取分が七五万円に過ぎないから、差引計算すれば、被告側に取分がある旨主張し(参照乙八号証)、被告等はこれに照応する供述をなし、証人小海老沢昌雨も一部これに符合する趣旨の証言をしているが、当裁判所はこれらの証言供述は少くとも前記認定に反する部分は措信しない。以下これらの点についての当裁判所の心証の経過ないし被告等の供述中の疑問点を簡単に摘記する。

(1)  もし、被告等が供述するように、「あかつき」商店において、原告及び深谷が被告等に、売却委託方を申出で、被告等が平和裡にその仲介の労をとつたものとすれば、あかつき商店における話合が何故に前認定のように七、八時間もの長時間を要したのであろうか。

(2)  また、そもそも原告及び深谷が株券を売却せねばならぬ客観的事情がなければならないのに、この点についてはこれを必要とする事情は証拠上認められず、むしろ、前認定のように、原告と深谷とはその株券の処分方を水島孝一及び水島朋司に既に委任してあつたのであるから、原告等とすれば、同人等に対する義理合からもして被告等に売却委託などできない筋合であつた。(さればこそ原告や深谷はこの点を説明して売るわけにはゆかないと拒絶したと述べている)しこうして、前掲各証拠によれば、乙第七号証の五はかかる事情を知つていた被告等において原告及び深谷の名義を冒用して作成した書面であると認めるのを相当とする。

(3)  かりに一歩譲つて、原告等が被告等に売却方を委託したとしても、前認定のように一一月二九日の夜一〇時頃から徹夜で自動車で栃木県葛生町までゆきそれからまた東京に引き返して株券を被告等に渡さねばならぬ必要はあつたであろうか。この点は証拠上全く説明がつかない。しかも、もし平和裡の交渉ならば少くとも原告の自宅は東京にあつたのだから原告をも栃木県まで乗せてゆく必要がどうしてあつたのであろうか。これまた不可思議のことである。このことは原告に加えられた被告等の圧迫が並々ならぬものであつたことを雄弁に物語る証左であろう。

(4)  被告等が深谷から株券を受領した後、十一月三十日から十二月五日まで深谷を旅館に泊め外出を禁じて監禁同様にしておいたのは何故か(深谷証言と甲六参照)これまた十分説明できない。このことは被告等において原告深谷等の株の処理を完了するまで、同人等が水島父子に連絡するのを防止するための苦肉の策ではなかつたであらうか(一方、原告は被告等から株を取られた日から水島親子にかくまつてもらつて、当分の間行方不明ということにしておいた。原告本人第二回供述参照)

(5)  なお、乙第七号証の六、七は、(4) 記載のとおり、深谷を旅館に外出禁止の状態で閉じこめおいた際五十万円を交付すると同時に被告等が書いて来た文書に捺印方を強要してでき上つたものであるから、(深谷の証言参照)必らずしも前記認定の支障となるものではない。

三、なお、被告等は原告と深谷の株券を一五〇万円で処分し、原告に対しては七五万円を支払うべきであるが一方、原告はキング交通の株主をもつて組織する株主会に対し一、〇六九、六三五円の債務を負担しているので、右代金は原告の依頼によりこれと相殺した結果、原告は本社株主会に対しなお残債務を負担するというが、かりに、原告が被告ら主張のように債務を負担するとしても前認定のように、原告は被告等に対し株券の売却を委任した事実は認められず、いわんや右代金を債務の弁済に充当方を依頼した事実は認め難いので被告等の右主張は採用できない(これらの点についての被告両名の供述は措信できない)。

四、以上の次第であるから、上記認定のように被告等が原告からその株券二四七五株を奪つたことは不法行為というのほかなく、被告等は共同不法行為者として奪取当時の株式の時価相当額を原告に連帯して支払うべき義務がある。

五、よつて以下本件株式の奪取当時の価額につき按ずるに、本件株式は上場又は店頭株ではないのでその評価は困難であるが、当時処分された実例があればその処分価格は時価算定上一応の目安として考慮すべきであり、また当時の会社の積極資産から負債を控除した純資産額を発行ずみの全株式数で割つて得た価額もまた株式の実質的な価値として考える必要がある。

この点につき証拠上考慮すべき事項を摘記すると、

(一)  処分の実例

(1)  水島孝一の証言によると、同人は前認定(一の(四))の仮処分申請後昭和三二年五月頃キング交通の新役員等と和解し、その持株五〇〇〇株(被告等の主張によれば四九五〇株)を一〇〇〇万円で買つて貰つたと述べている。他方被告林(第二回)は水島の代金は八〇〇万円と聞いていると述べているが、他の和解条件が明らかでないので、右八〇〇万円ないし一〇〇〇万円は一応の参考という程度のものというべきであろう。

(2)  被告林(第二回)は被告両名と木村の持株合計一〇一〇〇株を前認定の昭和三一年一一月二七日の臨時総会の前一月以内の頃イースタンモータースの首脳部に合計四〇〇万円で売却し、被告等の持株合計四九五〇株を(同年十二月初め頃)一五〇万円で売却したと述べているが、これらの供述は金額の点は必らずしも十分な裏付がない(乙第五号証もその成立だけは両被告の供述で一応認められるが、その内容の真偽は別問題である)。

(二)  会社の純資産

この点については、被告本人林政市の供述(第二回)によつてその成立の認められる乙第一〇号証が参考となる。

但し、資産の部のうち

(1)  土地建物の三〇〇万は安きに失するという原告の異論もあるがこれを是正するに足る証拠はない。

(2)  車輛運搬具については水島父子の分を五台分を加算すると(水島孝一証言参照、なお、その価額については、記載されている一五台の自動車と同価格のものとして加算する)六七五万円は九〇〇万と是正すべきである。

(3)  タクシー営業権については一台一〇〇万の割合で計算されているが、成立に争のない甲第一三号証及び甲第一四号証ノ一、二並びに証人水島孝一の証言を綜合すれば右単価は少くとも一五〇万以上をもつて計算するのを妥当とする。よつて単価を一五〇万円として二〇台分を計上すると、一五〇〇万は三〇〇〇万円と是正さるべきである。

次に負債の部については、

(4)  借入先大倉、林の七〇〇万円は被告林(第二回)同大倉(第二回)の各供述によれば真実は六四一万円位であると認められるので、そのように是正すべきである。

以上のような是正を試みるときは、同号証の

資算合計 四四八二万円

負債合計はおよそ二〇七〇万円

差引純資産はおよそ二四一二万円

となる。

この純資産額を全株式二万株で除すると一株当りの純資産額はおよそ一二〇六円余となる。

(三)  以上説示の諸点を総合すると、キング交通の株式の本件不法行為当時の価値は少くとも一株当り一二〇〇円に相当するものと認められる。

六、むすび

よつて、被告等は原告に対し連帯して一株一二〇〇円の割合で計算した二四七五株分の金額二九七万円及びこれに対する不法行為の日である昭和三一年一一月三〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべき義務がある。そこで原告の請求は右限度において認容し、その余は棄却し、訴訟費用の負担については民訴第八九条第九三条を適用し、敗訴した被告等の連帯負担とし、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東秀郎 八木下巽 宍戸達徳)

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